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法律編 1

 
「売春防止法」って何?
──日本は性売買を認めている? 
認めていない?

日本の各地の歓楽街には無数の性風俗店があり、ネットにはデリヘル(派遣型の性風俗)の宣伝があふれています。その一方で“売春は法律で禁止されている”と聞いたことはありませんか? いったい日本は「性」の売買を認めているのでしょうか、認めていないのでしょうか? わかりにく現状の原因は、性売買に関する日本の法律にあります。ここでは、性売買に関する基本的法律である「売春防止法」について、次の☞「法律編2」で「風俗営業等適正化法(風営法)」について、みていきます。

「二枚舌」の法制度

 

“日本は「性」の売買を認めているのか、いないのか”という疑問への結論は、「『売春』をさせる営業は禁止されているが、それ以外の性行為をさせる営業は認められている」ということです。

 

「売春」をさせる営業を禁止している法律は、「売春防止法」です。それは「売春」を「対償を受け、又は受ける約束で、不特定の相手方と性交すること」(2条)と定義しています。「性交」とは男女(異性)間の性器の結合を意味します。そのうえで、「売春を助長する行為」つまり業者など第三者の営業行為(店舗経営、資金提供、周旋など)を禁止・処罰しています(6~13条)。

しかし「性交」以外の性行為をさせる営業は禁止されていません。たとえば、「手淫」(手で男性に射精させること)や「口淫」(口で男性に射精させること)などの「性交類似行為」をさせる営業は、「性交」に限定して禁止している売春防止法の対象外なのです。しかも、性交類似行為などをさせる営業は、「風俗営業等適正化法(風営法)」により、行政に届出をすることによって「性風俗関連特殊営業(性風俗営業)」として適法に営業できるにようになっています。

 

しかし、性風俗営業の1つである個室付き浴場(ソープランド)で性交が行なわれていることは公然の秘密です(それは高い料金設定に表れています)。また、とくに派遣型の性風俗営業(デリヘル)では、客の求めに応じて性交が行なわれることも珍しくないと言われます。「適法」に行なわれている性風俗営業が、裏で売春をさせる違法営業の温床となっているのです。

政府の「男女共同参画政策」は、「売買春」を性犯罪やDVと並ぶ「女性に対する暴力」の1つと位置づけています(扱いは小さく有効な政策はほぼ皆無ですが)。ところが、性風俗営業については、それが違法かつ性暴力である「売買春」の温床となっていることを知りながら、一言も触れていません。

 

このような矛盾した政策の背景には、売春防止法と風営法という「二枚舌」の法制度、つまり「性交」させる営業は禁止・処罰する一方で、それ以外の性行為をさせる営業を広く認め、性交させる営業も事実上放任するという法制度があるのです

肯定的な内容

 

売春防止法は、敗戦から約10年後の1956年に成立し翌年施行されました(刑事処分規定は翌々年施行)。それは、「売春を助長する行為等を処罰する」とし、他人の「売春」から利益を上げる業者の行為を処罰することを核心としています。それによって、戦前の日本で維持されていた公娼制度、つまり国家公認の性売買制度が廃止されました。

 

戦前の日本では、遊廓と呼ばれる各地の集娼地域で、主に貧しい農村から人身売買されてきた女性たちが、移動の自由もなく、性を買われて暮らしていました(小野沢2017)。女性の著しい人権侵害と女性差別に基づいた巨大産業が、男性の娯楽のために公的に維持されていたのです。売春防止法は、ほかでもないこのシステムを廃絶しました(高橋2004)。

 

戦後憲法は、日本の歴史上初めて、男女の市民としての平等を謳(うた)いました。女性が男性の性的娯楽商品として売買されるのを禁止する法律は、男女平等を実現するための、最低限の前提条件を整えるものと言えます。その意味で売春防止法は、戦後社会にふさわしい男女平等の「新たな夜明け」を告げる法律でした。そしてその後も、社会の変化に応じて、男女平等の基盤法として発展されるべき法律でした(制定後の展開については「4. 風営法による弱体化」参照)。

業者の性売買営業を禁止・処罰して、公娼制度を廃止する法律を一般に「廃止主義」の法制度と言います。廃止主義は、国際条約の方針でもあり、戦後の国際社会のスタンダードな法制度として多くの国で採用されました。日本の売春防止法も、その国際的潮流に沿った「廃止主義」の法律です。

売春防止法は、以下の諸点において現在なお積極的に評価されるべき重要な法律です。

  1. ​他人の性売買から利益を上げる(搾取する)業者の営業活動を禁止・処罰していること。

  2. 性の売り手を、性を売ったことを理由に処罰していないこと。

  3. 性を売るおそれのある女性向けの相談機関を設置し、一時保護や医学的、心理的、職能的指導などを行なうと定めたこと。

  4. 買春(売春の相手方となること)を「してはならない」と禁止していること(ただし不処罰)。

これらの肯定できる積極的な規定を支えているのが、「売春」は「人としての尊厳を害〔する〕」(2条)という文言です。これは、性の売り手の「人としての尊厳」を尊重し擁護しようとする人権尊重の文言と理解できます。ここを起点にして、他人の「売春」から利益を上げる業者は搾取者であり処罰すべきことや、性の売り手は性的商業的搾取の被害者であり、性を売ったことを理由に処罰されず、保護・支援の対象とされるべきことなどの規定が出てくるのです。​

否定的な内容

 

上で述べた積極的な内容を持つ一方で、売春防止法には、無視しえない重大な弱点が含まれていました。それは、以下の諸点です。

  1. 公然勧誘罪(5条)という、性の売り手を処罰できる規定を設けたこと。

  2. 5条違反で執行猶予付き懲役刑を受けた20歳以上の女性を補導処分にし、婦人補導院に収容して更生させることができるとしたこと。

  3. 他人の性売買で儲ける(搾取する)業者処罰を定める一方で、他人の性を買う、いわば「もう1人の搾取者」たる買春者の処罰規定がないこと。言いかえると、性売買の需要抑制規定がないこと。

  4. 売春を「してはならない」と禁止したこと(ただし不処罰)。

 

公然勧誘罪とは、性の売り手が公衆の目にふれるような仕方で買い手を誘ったり、客待ちしたりすることを処罰するものです。しかし本来、廃止主義の法制度は、性の売り手を性売買制度の「被害者」として保護の対象とするものですから、これは「被害者」を罰するという矛盾した規定です。しかも、性売買の「加害者」である買い手が公衆の目にふれる仕方で売り手を誘うことは処罰しておらず、転倒しています。このような売り手を処罰する規定は、廃止主義の理想形を定めた1949年の国連「人身取引および他人の性売買からの搾取を禁止する条約」(以下、1949年条約)にはありません。

 

公然勧誘罪を前提にした婦人補導院(発足時は東京、大阪、福岡の3カ所、1985年以降は東京のみ)も差別的な制度でしたが、1982年以降収容者は1桁、2018年からはゼロで、困難女性支援法(2022年)の成立に伴い、2024年4月1日から廃止されます。

 

のような倒錯した差別的規定が定められた根拠とも言えるのが、売春は「性道徳に反し、社会の善良の風俗をみだすものである」(2条)という規定です。この法律の「売春」の定義(前述)から、これは、(本来非難されるべき)性の買い手や業者ではなく、性の売り手を道徳的に非難するものとしか解釈できません。先ほど売春防止法には、性の売り手の「人としての尊厳」を尊重する人権尊重の文言があることを評価しましたが、しかし同時に、それと相反する、性の売り手を反道徳的な存在として非難する視点もまた含まれているのです。この否定的な側面の具体的な表れが、性の売り手の公然勧誘行為を処罰する5条であり、5条違反の女性を対象にした婦人補導院だと言えます。

 

3つ目の、買春者処罰規定がなく、性売買の需要抑制を欠いている点ですが、この点は1949年条約も同様であり、売春防止法が制定された1950年代末に廃止主義の法律を制定したどこの国にも存在しませんでした。したがってそれは、日本の売春防止法を含む、戦前および戦後直後の古い「廃止主義」に共通する歴史的な限界というべきものです。この古い廃止主義に内在する弱点を、世界で初めて克服したのが、1998年に業者処罰に加えて買春者処罰規定を設けたスウェーデンでした。性の売り手は処罰されず、性売買から離脱するための支援を受けるという法律です。

 

最後に、売春を「してはならない」と禁止(ただし不処罰)している点ですが、この文言が存在する結果、「売春」した者は、不処罰とはいえ、この法律に反していることになり、違法行為をしたという意味で非難に値することになってしまいます。しかし本来、廃止主義は、性の売り手を性売買という制度の被害者ととらえるものですから、この種の禁止規定は1949年条約にはありません。売春「禁止」の文言は、「被害にあってはならない」と命じているようなものでもあり不合理です。

以上、売春防止法の肯定的側面と否定的側面を見てきました。その両方をふまえて全体としてどう評価すべきかを箇条書きにします。

  • 売春防止法の基本的な性格は、性の売り手を(性を売ったことを理由に)処罰せず、他人の性売買からの搾取者たる業者を処罰する「廃止主義」の法制度である。

  • そのような売春防止法は、公娼制度を廃絶するという歴史的に巨大な役割を果たした。今日でも、その核心部分(性の売り手の不処罰と業者の処罰)は、性の売り手の人権保障と男女平等の実現という両方の側面から見て、不可欠で重要な規定である。

  • 売春防止法は風営法により弱体化されており(後述)、セックスワーク論も流行しているが、性風俗営業を含む性売買が日本で完全な社会的承認を得られていない状況には、「売春は人の尊厳を害する」と宣言し、業者処罰を定めた売春防止法が与っていると言える。

  • しかし、売春防止法には、廃止主義の原則(1949年条約)から逸脱した規定と、廃止主義に共通した限界の両方が含まれている。前者の一部は削除されたが、その他は残っているため直ちに改正されなければならない。後者は、2000年前後から買春罪を導入してそれを克服する国が現れており、日本もその方向で改正すべきである。

  • 結論的に、売春防止法は、売り手不処罰と業者処罰の廃止主義の核心規定を維持しながら、逸脱規定を削除し、買春罪を導入することにより、改正・強化されるべきである。

風営法による弱体化

 

売春防止法の全面施行(1958年)により、いったん、「夜の街」の灯は消えたと言われます。しかし、やがて「射精産業」と呼ばれる性産業が復活します。売春防止法が禁止・処罰の対象にしているのは、「性交」をさせる営業なので、「性交」せずに、女性が手や口を使って男性に射精させる(手淫、口淫=性交類似行為)営業が登場したのです。また、個室付浴場では、事実上、性交させる営業が行なわれるようになりました。

ある裁判所判決は、手淫や口淫などの性交類似行為をさせる営業を指して、「売春の業務が業態を変えて脱法的に行われる」ものと正当にも呼んでいます(1966年12月16日東京地裁判決・判例タイムズ204号180頁)。そのような「脱法的売春」も、売り手の「人としての尊厳を害する」ものです。同判決は、脱法的売春営業も「女性の人格を無視してこれを男性の快楽のための道具視する非人間的な業務である」と正しく指摘しています。

 

そのような業者の脱法行為に対しては、政府が売春防止法を改正して、処罰の対象に含めなければなりません。ところが政府の対応は逆でした。戦後制定された風俗営業取締法という法律を改正し、1966年から個室付浴場を、1984年からその他の射精産業を規制対象に組み込み、都道府県の公安委員会に届出を出せば適法に営業できるようにしたのです。1998年の法改正では、出張型のデリバリーヘルスも認められました(法律の名称は現在、「風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律」)。

しかし、冒頭でも述べたように、個室付浴場では性交をさせる営業が行なわれていますし、デリヘルでもしばしば客の求めに応じざるを得ない場合があります。要するに、性交以外の性行為をさせる営業(性風俗営業)が、違法な売春をさせる営業の温床になっているのです。

 

このように、性交以外の性行為をさせる性風俗営業の「適正化」と称して、その合法的な営業を認める風営法によって、売春防止法の規範力は著しく弱められ、よく言われるように「ザル法」化してしまったのです。

困難女性支援法の成立

 

2022年5月に、「困難な問題を抱える女性支援法」が成立しました(施行は2024年4月)。これにより、売春防止法4章「保護更生」を根拠にした婦人保護事業が抜本的に改められることになりました。

 

売春防止法は、各都道府県に「婦人相談所」を設置することを定め、性を売るおそれのある女性の相談や指導、一時保護を行なう婦人保護事業をスタートさせました。婦人保護事業は、その後、事業対象を拡大し、2000年代以降はDV被害者や人身取引被害者、ストーカー被害者の支援や保護も行なってきました。しかし、売春防止法の「保護更生」の名目で、事業の利用者が管理的な生活を強いられるなどの問題がありました。

困難女性支援法により、貧困やDV、性被害などに直面する女性の自立に向けて包括的な援助に当たる「女性相談支援センター」に変更されます。同法によって、支援員の増員や予算の拡大、支援体制の整備などが進むことが期待されています。
 

展望:「買春者・業者処罰法」への改正

 

困難女性支援法の成立により、性を売る女性に差別的な制度であった婦人補導院の廃止が決まりました。また、性を売るおそれのある女性に対する、しばしば管理主義的で十分ではなかった保護相談事業も、女性の人権保障を基礎にした支援へと拡充することが期待されています。

 

しかし、売春防止法の重大な欠陥は依然として残っています。前述のように、廃止主義から逸脱する規定(売り手の勧誘罪、道徳的非難)や、古い廃止主義に共通する限界(買春不処罰=需要抑制の欠如)が残ったままです。また、事実上、性交をさせる営業を容認・放任する風営法により、規範力を弱められています。

 

そこで、これらの弱点を克服するための、まずジェンダー視点をもって日本の性売買の実態の調査をしたうえで、売春防止法を抜本的に改正することが今後の課題です。そもそも発想を転換して、「売春」という言葉をなくし、法律名を変える必要があります。それを前提に、内容上で改正されるべき点は、以下です。

  1. 「売春」に対する道徳的非難の部分(1条)の削除、「売春」を「してはならない」という禁止規定(2条)の削除、売り手による公然勧誘罪(5条)の削除。

  2. 「売春」の定義の拡充。具体的には、現在の「性交」から「性交および性交類似行為」などへ拡大する。これと連動して、風営法から少なくとも性交類似行為(脱法的売春)をさせる営業を削除する。これらの法改正により、性交類似行為をさせる営業は違法になり、業者は処罰される。

  3. 買春罪の新設。たとえばスウェーデン刑法の規定のように、「対償を与え、不特定の相手方と性的関係をもった者は、性的サービス購入の罪とし、1年以下の懲役または10万円以下の罰金に処する」など。

 

これらの改正によって、売春防止法は、脱法的売春営業も対象にした、「買春者・業者処罰法」(北欧モデル立法)に生まれ変わることができます。

                                 (2024.3.8)

 

参考文献>

  • 小野沢あかね(2017)「廃娼運動──はじめての『性の戦い』」北原みのり責任編集『日本のフェミニズム since1886 性の戦い編』河出書房新社

  • ​高橋喜久江(2004)『売買春問題にとりくむ──性搾取と日本社会」明石書店

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