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紫色の背景

入門編 9

韓国の当事者支援・反性売買女性人権運動

韓国では、女性運動によって2004年、買春者と斡旋業者を処罰し、性売買女性を支援する「性売買防止法」が制定されました。東アジアではじめて買春者を処罰するジェンダー平等的な北欧モデルを部分的に実現したのです。

この法によって、「性売買」が公式用語になり、問題の焦点が女性から買春男性/斡旋業者に移りました(問題もあります)。さらに画期的だったのは、各地の女性運動が性売買女性自立支援活動をしていくなか、2006年には性売買を抜け出した女性たちが自ら、性売買経験当事者ネットワーク・ムンチムンチは一致団結という意味)を結成したことです。

では、もう少し詳しく性売買防止法と女性運動の内実をみていきましょう。

目次

画期的な「性売買防止法」(2004年)まで

 

日本は、朝鮮を侵略・植民地化するなかで日本式公娼制度を移植しました。公娼制度とは国家が性売買する女性(公娼)と業者を管理する制度です。具体的には、女性が貸座敷に拘束されて性売買をさせられました。貸座敷が集まった地帯が遊廓です。この植民地公娼制度は、日本敗戦=植民地解放後の1947年に廃止されました。しかし朝鮮南部に建国された韓国では、朝鮮戦争(1950ー53年)をきっかけに性売買が急増するとともに、各都市の旧遊廓地帯の多くが性売買集結地になりました。

 

1961年にクーデターによって成立した朴正煕軍事政権は、同じ年に「淪落行為等防止法」(淪防法)を制定しました。その内容は、日本の「売春防止法」(1956年制定、1958年施行、売防法)の劣化コピーだといえます。

 

淪防法は、性を売る行為を「淪落行為」(日本は「売春」)として、「淪落行為の禁止」を宣言しました(日本は「売春の禁止」)。その特徴は、性売買を「禁止」しながら、性を売る女性のみに「淪落」というレッテルをはって非難する一方、女性に「淪落行為」をさせて利益をあげる斡旋業者や買春男性の行為を見逃したことです。

 

問題は法の運用です。朴政権は淪防法で性売買を「禁止」したのに、翌62年に政府の行政命令により「特定地域」(104ヶ所、性売買集結地)での性売買を認めました。まさにダブル・スタンダードでした。そのため、実際には買春男性、性売買斡旋業者は取り締まりや処罰はされず、同時に国家が性売買女性の性病検査する制度を作動させました。この「特定地域」には、多くの韓国に駐屯する米軍兵士のための米軍基地村が含まれます。

 

1965年の日韓国交正常化後は、日本人男性観光客のためのキーセン買春観光も進められました。外国人男性向けの外貨稼ぎが目的でした。1970年代には、キーセン買春観光に反対する運動が韓国、続いて日本の女性たちから起きました。

画期的な「性売買防止法」(2004年)まで
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1980年代まで続いた日本人のキーセン観光に反対してデモ行進する韓国の女性運動。

 ①民主化した韓国で起きた群山の火災死亡事件

高度経済成長をとげた1980年代になると、韓国人男性を相手にする性産業が急激に広がり、さまざまな性売買の業態が生み出され、買春が日常化していきました。

 

1987年6月、韓国では民主化が実現しました。そのプロセスのなかで進歩的な韓国女性団体連合が結成(同年2月)され、民主化後に女性運動が成長すると、1990年代に「女性の人権」が焦点化され、性暴力やDVなどの法整備や支援政策が広がりました。しかし、性売買問題にはあまり目が向けられませんでした。

 

そうしたなか、2000年と2002年に地方都市の群山で性売買女性たちが監禁されて焼死する事件が起きました。亡くなった女性の日記には「借金、人身売買、監禁、暴行」などが書かれていました。2つの事件から明らかになった性売買の搾取的な構造と女性たちの奴隷状態は社会に衝撃を与え、新たな反性売買女性人権運動が始まりました。

 ②「性売買防止法」制定運動

 

韓国の女性運動はこの2つの事件に対し対策委員会を立ち上げ、性売買を女性への暴力・性搾取ととらえ、「女性の人権」問題として社会に問題提起するとともに、新法を制定しようとする運動を本格化させました。

 

そのモデルになったのが、北欧モデルです。この法は、性売買女性は処罰せず(性売買女性の非犯罪化)が、買春者と性売買業者だけを処罰するという画期的な内容です。1999年にスウェーデンで施行されたので、北欧モデルと呼ばれています。

 

同時に、各地の女性運動は性売買女性への緊急救助や支援活動をはじめました。具体的には、救助支援チームを結成し、相談電話を開設し、前借金(仮払いの形で女性にカネを渡し利息を付け債務を負わせる)や詐欺で被害を被った女性たちに対する法律支援や医療支援、調査同行、シェルターとの連携などの活動です。

 

 ③性売買防止法の内容

 

韓国の女性運動の働きかけによって、「性売買防止法」が2004年3月に国会で成立し、同年9月から施行されました(淪防法は廃止)。その内容は、次の2つから成り立っています。

⑴「性売買斡旋等行為の処罰に関する法律」(処罰法)

⑵「性売買防止および被害者保護等に関する法律」(保護法)です。

 

このうち⑴の処罰法については法務省が担当し、性売買をする者や性売買「斡旋、勧誘、誘引」者などを処罰するだけでなく、建物・土地の所有者、金融業者、観光業者も対象となりました。⑵については女性家族省が担当し、国家が性売買女性たちの「保護、被害回復および自立・自活を支援」することが可能になりました。また、3年ごとに性売買実態調査を行ない、性売買予防教育が学校を含む国家機関で義務化されました。

 

性売買防止法の重要な特徴は、次の4つです(チョン・ミレ/イ・ハヨン2019)。

① 公式用語を「性売買」にし、

② 斡旋業者への処罰強化と中間搾取の根絶をめざし

③「買春」需要に注目することで買春者処罰を強化し、

④「性売買被害者」概念を導入し性売買女性が法的保護をうける道を開いたこと

 

表2は淪防法と性売買防止法を比較したものですが、何がどう変わったのかがわかります。つまり、性売買防止法は、性売買を男性の買春「需要」から生じる問題ととらえ、女性への人権侵害として、個人の問題ではなく社会構造(女性の地位の低さや低賃金など)としてとらえています。そのため、買春者や斡旋業者への処罰を強化するとともに、国家の責任で性売買女性への支援を始めたことにあります。

 

表2:韓国の淪落行為等防止法と性売買防止法の比較

民主化した韓国で起きた群山の火災死亡事件
「性売買防止法」制定運動
性売買防止法の内容
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出典)同法およびチョン・ミレ/イ・ハヨン(2019)、シンパク・ジニョン(2022)

注意)下線部が相違点。

しかし限界もありました。性売買女性を被害者/行為者の2つにわけ、強制による性売買女性だけを被害者だとして、そうではない性売買女性を処罰するようにした点です。性売買女性が被害を証明しなければ処罰されるという意味で、性売買の責任を女性に転嫁することになります。

 

そのため、反性売買女性人権運動は法施行と同時に、「すべての性売買女性の非犯罪化」をめざす買春罪(北欧モデル)にむけた法改正運動を行ってきました。2022年3月には「性売買処罰法改正連帯」を結成して、処罰法改正に向けた運動が活発化しています。

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2022年3月22日に発足した「性売買処罰法改正連帯」@韓国の国会正門前

(同団体のface bookから)

全国連帯と各地の当事者支援運動

 

各地の女性運動は、2001年頃から新法制定運動とともに、性売買女性を業者から安全に守るためのシェルターを各地に設置していきました。新法施行前の2004年6月、性売買女性の支援運動を行う全国的なネットワークとして、「性売買問題解決のための全国連帯」(以下、全国連帯)を結成しました。

 

2021年現在、全国連帯は全国13地域に会員団体があります。全国連帯を構成する全国各地の女性団体は、地元の性売買集結地の近くに事務所をかまえ、緊急救助を行うほか、常設的に⑴相談所、⑵自立支援センター、⑶シェルターやグループホームなどの施設を整え、スタッフをおき、性売買集結地内の女性たちの脱性売買や自活のための支援活動をしています。

 

こうした現場の活動家と当事者との交流のなかで、当事者どうしが互いに話す場が生まれ、性売買当事者出身の女性活動家が生まれ、2006年に性売買経験当事者ネットワーク・ムンチが生まれていきました。ムンチこそ、韓国の反性売買女性人権運動が生んだ最大の成果といえます。

                                 (2024.3.8)

 

<参考文献>

  • ンパク・ジニョン(2022)、金富子監訳、大畑正姫・萩原恵美訳、小野沢あかね・仁藤夢乃解説『性売買のブラックホール〜韓国の現場から当事者女性とともに打ち破る』ころから

  • チョン・ミレ/イ・ハヨン(2019)、金富子訳「韓国における性売買の政治化と反性売買女性人権運動」http://repository.tufs.ac.jp/bitstream/10108/93335/1/ifa021025.pdf

  • 大邱女性人権センター・大邱広域市(2020)『「チャガルマダン」閉鎖及び自活支援事業白書 1909チャガルマダン_2019私たちの記憶』

  • 性売買経験当事者ネットワーク・ムンチ(2023)、萩原恵美訳、金 富子監修、小野沢あかね解説『無限発話​〜買われた私たちが語る性売買の現場』​梨の木舎

2.全国連帯と各地の当事者支援運動
参考文献
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